友人の一言にドキリとする

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昔、関東方面に住んでいた頃、大阪に住んでいる親友と久々に会って大阪をぶらぶらしていました。

「僕が、大阪のパチンコ屋はすごいなあ。」

というと、「おいおい、パチンコしようなんていいだすなよー。」

と言われました。

僕は、当時パチンコをよくしていたので、ドキリとしました。

もちろん久しぶりに親友と会っている時間にパチンコなんてやろうなんて思っていなかったのですが、休みの日にはパチンコ屋によく出入りしている自分が恥ずかしかった。

やっぱりちゃんとした人間はパチンコなんてやらないだろうな。

そうおもいながらも、日常の生活に戻った僕はパチンコをしていた。

僕はパチンコで負けてはいなかったので罪悪感を感じていなかったのだが、

心の奥底では罪悪感を持ってやっていることを認識したときだった。

ああいう一言が今でも忘れられないと言うことは、自分の心の中に凄く響いた言葉だったのだと思う。

パチンコをする時間があったら、家族を大切にしたり、やるべきことは他にもたくさんあるだろう。

そう、親友が語りかけてくれた言葉だったのかもしれない。


もしかしたら、その親友は、パチンコをやっているしょうもない人間になるなと、パチンコの話題を口に出した僕に先制パンチを食らわせてくれたのかもしれない。

いずれにしても、ありがたい一言だった。

コメント(5)

MJさん、おはようございます。

うーん、私はパチンコ完全否定論者ではないですが、
少なくとも、連れパチは良くないですよね。

せっかく友だちといるのにパチ屋は良くないですよ。
まあ、パチンコだけではないけれど、友だちや恋人と
せっかく一緒に居るのに、飲食店に入ってもそこに
設置してあるテレビ見てる人、携帯イジってる人・・・。

ああいったのは、好きじゃないなぁ! 
だから私は、飲食店でもテレビ付きの所は出来るだけ
入らないし、入っても必ず相手をテレビ側に座らせますよ。

だって、店に入ってテレビ見られてたら、会ってる意味も、
MJさんお得意の「逢ってる意味」も無いですからね。

あれ? 少し話がズレちゃいました。 失礼!^^;

こんばんは!!

ドキリ!の瞬間私もよくありました。

私の場合は普段、パチンコなんてしないやつと街歩いてて、相手の方が一攫千金出るかもなあ。と軽く誘われた時、異常な程、反応して、「行かない」と断っていました。本当はいつも行きたいのに。
パチンコにはまってる自分を見せたなかったんですね。異常な自分や後ろめたい自分をいつも感じてました。

断っておいて、頭の中はパチンコの事でいっぱい。
そして、別れてから、一人でパチンコ屋によってました。

ギャンブル依存はギャンブルしてない時間でさえも、大事にできなくなりますね。

こんにちは
昔はよく職場の先輩後輩で連れパチしてましたね。
私はパチンコ屋入っても見ているだけでしたが。
ハハッ、変な奴でしょう。

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このページは、MJが2009年3月 8日 01:05に書いたブログ記事です。

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